韓国史劇

韓国時代劇!朝鮮3大悪女[チャン・ヒビン]

チャン・ヒビン

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「チャン・ヒビン」

制作国 : 韓国     制作年 : 2002年

スタッフ : 韓国放送:KBSにて2002年11月~2003年10月
日本放送:KBS WORLDにて 2007年6月~2008年1月

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[チャン・ヒビン]キャスト

韓国時代劇 朝鮮3大悪女 チャン・ヒビン

チャン・オクチョン(キム・ヘス※後の張禧嬪)。

19代国王 粛宗(チョン・グァンリョル)

仁顕王后(パク・ソニョン)

明聖王后(キム・ヨンエ)

全100話

チャン・ヒビンあらすじ

韓国時代劇 朝鮮3大悪女 チャン・ヒビン

宮廷では派閥争いが絶えません。

ある日、 南人派の東平君と荘烈王后の後ろ盾を経て、女官が入宮しました。

その名も、 チャン・オクチョン(キム・ヘス※後の張禧嬪)

生まれながらの美貌と才識によって、19代国王 粛宗(チョン・グァンリョル)に見初められます。

正室 仁顕王后(パク・ソニョン)を差し置いて王の寵愛を一身に受けます。

それを快く思わないのは、西人派と 明聖王后(キム・ヨンエ) です。

王后 とは、国王の実母のことです。

後に、チャン・オクチョンは、この 王后 の企みのせいで流産をしてしまいます。

それを機に、復讐の鬼になっていくのです!

チャン・ヒビンレビュー

韓国時代劇 朝鮮3大悪女 チャン・ヒビン

はい!ヘスオンニ!!

綺麗です!

優雅です!

お見事です

韓国では7回めの「チャン・ヒビン」ドラマ化です。

7代目の張禧嬪キム・ヘス。

当初契約していた映画「浮気な家族」を断ってまで張禧嬪に集中しました。

大成功!!

しかし、張禧嬪と全く合わないイメージのせいで、

「どうせならパク・ソニョンが張禧嬪を、キム・ヘスが仁顕王妃にしたほうがよかったのではないか」

とまで言われたキム・ヘスは、声帯から血が出るほどの熱演を見せます。

このことで人々に認められ、序盤の低い視聴率から

同時間帯1位

全体で2位の視聴率になるなど、興行面でも優秀な成功を収めました。

最高視聴率32.2%!!

声はもともとヘスオンニはハスキーでしたがそういわれれば声がかすれていたように思います。

声帯から血がにじむって・・・。

すごいですよね ~?

よく韓ドラを観ていたら

「血の涙を流しているのはこのあたしだよっ!!よくみておきなっ!」

・・・・この言葉よくでてきます。

「どうせならパク・ソニョンが張禧嬪を、キム・ヘスが仁顕王妃にしたほうがよかったのではないか」

この世間のコメントは、前半しか観てない人のコメントであります。

後半に入ったらこのキャスティングしか考えられないほどヘスオンニは、完璧に視聴者を魅了してしまいました。

しかし爆発的大ヒットしたのは、6代目チョン・ソンギョンです。

チョン・ソンギョンは極悪非道ながらも非常に魅力的な妖婦張禧嬪のキャラクターを、新人ながらも見事に演じ抜群の演技力をアピールしました。

チャン・ヒビンは、悪女?

韓国時代劇 朝鮮3大悪女 チャン・ヒビン

画像引用元アマゾン

ドラマ『トンイ』を観た方は、トンイはすばらしい女性だと思いましたよね?

このドラマにもトンイは出ています。 19代王・粛宗(スクチョン)の側室だった淑嬪(スクピン)・崔(チェ)氏です。

トンイとチャン・ヒビンは、ライバル関係にあり、トンイは良い人で、チャン・ヒビンは、悪女とこのドラマでは描かれています。

しかし、朝鮮王朝の正式な歴史書である「朝鮮王朝実録」では、どうやらそうでもないらしい箇所がちらほらありました。

チャン・ヒビンがトンイを毒殺?

韓国時代劇 朝鮮3大悪女 チャン・ヒビン

1694年4月にチャン・ヒビンの兄であるチャン・ヒジェがトンイを毒殺しようとしていたと、いう告発があったのです。

その告発のため、チャン・ヒジェは、済州島(チェジュド)に流罪になりました。

チャン・ヒビンは、王妃から側室に降格になってしまいます。

しかし、この告発、明確な根拠も証拠もない。

しかも、チャン・ヒビンは、トンイを毒殺したとしても、得になることが見当たらないことから、偽りの告発だったのでは?とも、言えます。

張禧嬪が呪詛(じゅそ)をした?

粛宗の正室だった仁顕(イニョン)王后は、1701年8月に亡くなりました。

亡くなって40日後に、トンイは、「チャン・ヒビンがイニョン王后を呪詛(呪う儀式)をしていた」と告発。

なぜ、40日も経って、そのような告発をしたのでしょうか?

実際に、呪詛(じゅそ)をした品物が屋敷の下から出てきました。

チャン・ヒビンが埋めた証拠は、ありません。

このとき、チャン・ヒビンの生んだ子供は世子(セジャ)になっていたので、なにもなければ、自分の息子は、王になれるのです。

しかし、トンイの息子は、次男なので、王にはなれません。

しかも、仁顕王后はすでに長い病床にあったので、もう長くは生きられませんでした。

仁顕王后を呪い殺す必要は、チャン・ヒビンには、ひとつもなかったのです。

むしろ、トンイの方がチャン・ヒビンを告発して陥れる必要があったのでは?

トンイのほうが悪女なのでは?

韓国時代劇 朝鮮3大悪女 チャン・ヒビン

画像引用元アマゾン

チャン・ヒビンの息子は、20代王・景宗(キョンジョン)として即位しました。

しかし、わずか4年で亡くなってしまいます。

次に即位したのは、トンイの息子英祖(ヨンジョ)でした。

この21代王の英祖は、父親である粛宗と似ていなかったという説があります。

チャン・ヒビンの息子、景宗は、粛宗にそっくりだったとも。

そのことで、英祖が即位した後に反乱が起きました。

その反乱軍の大義名分は、まさしくそのこと!

英祖が粛宗の子供ではないということです。

当時は、その噂は、国中に広まっていたということなので、もしも、それが事実であればトンイという女は、他の男性の子供を産んでいたということになります。

チャン・ヒビンは、朝鮮3大悪女とまで呼ばれています。 しかし、本当のところは、作り上げられた悪女なのではないでしょうか?

そして、本当の悪女は、トンイなのでは?

そんな風に思ってしまいますよね。

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